Heart color

メッセージを書きます

2021年の話

3月も終わりますけど、「2021年の話」を書くことにしました。 

イメージの話なので、ぜひ「そうなんだー」くらいの感じで読んでください。

 

 

2021年は「革命~序章~」です。

 

今の時代らしい「革命」。

じわじわオセロがひっくり返る。

でも、黒が悪いわけじゃないし、白が正義なわけでもない。

白黒ハッキリつくようなことはあまりない。

世界はオセロで出来ていない。

自分の中にある「オセロ」だったんだと、気付く感じ。

 

 

2021年1月のイメージ。

『雲の切れ間から光が射す』

(色々なことがあった2020年のエネルギーを持ち越しているけれど、光が射しているイメージ。)

美しくて涙が出る人もいれば、いつもの光景だと思う人もいる。

体験して初めてわかることもある。

人が生きていく中で得られるものは「体験」。

幸せな家庭が築きたい、自由を満喫したい、誰かと情熱的に愛し合いたい。

色んな体験がしたくて、したくて、しょうがない。

人は綺麗なままではいられない。

美しいと思うのは、汚いものがあるから。闇を感じることがあるから。

もう暗闇が、暗黒が嫌だと思うのならば、光に向かって歩んでいこう。

でも、雲の切れ間がない日もある。

そういうときは、自分の中に光を見つけるのです。

自分の中にある宇宙は、すべてを知っている。

知っていて、自分を見守っている。

記憶が無くとも、どんなに深く忘れていても、魂が覚えている。知っている。

光はいつでもそばにある。

誰かを何かを悪者にしなくとも、それを攻撃しなくとも、光を感じられることを忘れないで。

これからは人や物ではなく、自分が自分を導くのです。

 

2021年2月のイメージ。

『美しい森の中で羽を休める大きな青い鳥』

(屋久島のような豊かな自然いっぱいの場所で、苔の岩の上で、大きな青っぽい鳥が、羽を休めているイメージ。)

川のせせらぎ、鳥の鳴き声、風の音。

想像できない人は居ないでしょう。

心が休まる場所が、たくさんの人に現れて、癒される。

ひと時だけでもいいから、そういう時間があるといい。

身についていたものを清めて、自分の中にある本当のことに向き合う時間が出来ればいい。

過ぎていく時間が気にならないくらい、静かで、穏やかな場所があるはずだから。

不思議な縁が結ぶ物語もあれば、断ち切りたい縁が結ぶ物語もある。

ひとつとして、無駄ではない。

どんなに苦しくとも、悲しくとも、あなたの結んだ縁を信じて。

立ち向かう時、立ち止まる時、逃げ惑う時。

あなたの隣に誰か居てくれますように。

千切れそうな糸を、また結べますように。

揺れる木漏れ日から、希望を感じてくれますように。

 

 

2021年3月のイメージ。

『空を飛ぶ鳥、雷に撃たれる鳥。』

(たくさんの鳥が空を飛んでいるけれど、たまに天気が悪くなって、何羽かに雷が落ちるイメージ。)

 時代がどんどん移り変わる。

知らないこともたくさん出てくる。

小さなコミニティの中で得る情報が増える。

大きなものは小さくなっていく。

課題が分散されて、一人一人の重荷が軽くなっていく。

けれど、自然現象はどんな時も、突然に起こる。 

与えられた時間と肉体を使って、人生を精いっぱい謳歌すると決めたら、あなたは風に乗って、飛んでいることでしょう。

そう、雨の日も、風の日も、雷の中だって。

 

2021年4月のイメージ。

 『暴風雨を窓ガラス越しに見ている女の人。台風中継で風に飛ばされそうなリポーターの男性。』

安全な場所に居る人と、危ない場所に居る人がキッパリ分かれてしまうような感じ。

けれど、安全な場所に居る人も、危険な場所に居る人も、自分自身がそこに導いたとわかっているような心持ち。

なぜなら、この暴風雨が、嵐が止めば、雲は晴れ、青空には虹がかかると知っているから。

それをどこで見るか、体験するか、が重要なのだと知っているから。

でも、どれだけ「わかっていても」心は、体は、驚き、疲れる。

アフターケアを大切に。 

みんなで体験して、乗り越えて、ともに虹を待とう。

 

2021年5月のイメージ。

 『川の流れ、せせらぎ、鳥のさえずり、黄色いボートに乗る人たち。』

(穏やかな気候の中で、アウトドアスポーツを楽しむ人達の姿。

美しく透き通った川を、黄色いボートでくだる。)

悲しいこと、嬉しいこと、前日にそれぞれまったく違う出来事があっても、偶然という名の必然でスケジュールが組まれていて、同じボートに乗り、川を下ることもあるかもしれない。

すべてを必然というのなら、人生は決まっているのか。

運命はある、そして、宿命もある。

でも、人生は変えられる。

いつだって、自分の考え方次第で、大きく変動する。

「人」が「人」と出会い、「ともに川を下る」というイベントが起きて、エネルギーを生み出す。

たくさんの場所で、きっと、スケジュールが組まれる。

それをどう感じ、どう受け止め、どう考えるのか。

たくさんの疑問、雑念、邪念があなたの思考を乱しても、あなたがその人たちと川を下ったあとの未来に思いを馳せて、エネルギーを受け取って欲しい。

 

2021年6月のイメージ。

 『宇宙元年始動』

どんなことが起こってももう驚かないという人も、たぶん少しは動揺するであろうことが起きるだろう。

それはあなたの生活に関係のないことかもしれない。

とても関係しているかもしれない。

価値観は変わっていく。

どんなに普遍を求めても、しがみついても、置いていかれてしまう。

柔軟な思考を持つか、なにも考えず感じるか。

自分の得意な方で、やってみよう。

宇宙はどんなものも包みこむ。

対抗したり、あらがったり、比較したりするだけ、怪我をする。疲労する。

やりたいのならやればいいが、あまりオススメはしない。

 

2021年7月のイメージ。

 『不思議なことが多発』

テレポート、未来予知、サイコキネシス

映画館のような大きなスクリーンで、たくさんの人たちが同じ不思議を見るだろう。

作り物だと思う人、陰謀だと思う人、興奮する人。

たくさん感じ方はある。

けれど、大切なことは否定しないこと。

価値を、感じ方を、その感受性を、大切にすること。

炎が消えても、雨が止んでも、大地がひび割れても、山が移動しても

何が起きても不思議で、不思議じゃない。

すべては生きているから。

それを忘れないで。

 

2021年8月のイメージ。

 『太陽とひまわりと、白いゴールテープ』

シューズがコンクリートを蹴り、進む。

なんでか泣けてくる。

そのコンクリートの下には、たくさんの土が、歴史が眠っている。

歩めを止めるな、と奮い立たせてきた人たちの声が蘇る。

ここまで連れてきてくれてありがとうと思う人もいるだろう。

時代が進む時、受け継がれてきた命の重みを知る。

どれだけの汗と涙と血が泣かれたのか、それがどんなものなのか知らない幸せを噛みしめる。

どんなに不器用で、不格好でも、繋がれてきた命と精神がここにあること。

耐えて、繋いで、生き抜いてきた愛を、次の時代へと繋ぐとき。

わたしたちは何を思うのだろう。

 

2021年9月のイメージ。

モーニングスター

 明けの明星。

それぞれの夜が明ける。

それぞれの一番星が輝く。

誰も、何も、比べなくていい。

あなただけの朝、星が存在する。

同じ朝、星を見ている。

繋がっている、魂が震える。

そんな明けの明星。

殺し合いも憎しみ合いも、突然は終わらないかもしれない。

けれど、何か大きな、小さな、一歩を踏み出し、

魂が許し合いを求めるかもしれない。

応えてほしい、そのメーデーに。

 

2021年10月のイメージ。

 『赤いリボンを結ぶ』

それは誰かの髪の毛かもしれない、プレゼントの箱かもしれない、首輪かもしれない。

生き物すべてがリボンを結ぶ。

それは、約束されていたのかもしれない。話し合って決めていたのかもしれない。

それは、誰も独りではないことを伝えるメッセージ。

それがどんなに腐ったものでも、死ぬ間際でも、生まれた瞬間でも、何かが欠落していても、赤いリボンが結ばれる。

きっと覚えていて。

どんなに最悪なシチュエーションであっても、それは希望を伝える赤。

ともに乗り越えていく証である、と。

 

 2021年11月のイメージ。

 『暗い空に落ちてくる隕石』

まるで映画のように巨大な隕石が地球に落ちてきて、世界が消滅する。

ノアの箱舟に乗れる人だけが別の惑星へ逃げてしまう。

そんな話があり得ないとは言い切れない。

けれど、祈りは届く。

不確かな情報が錯綜するだろう。

不安になるだろう。

絶望するかもしれない。

けれど、祈りは届く。

果たして、祈りは「何」に届くのか。

ノアの箱舟の持ち主にか。

宇宙にか。

はたまた、神様にか。

わたしたちは、何に祈るのかを知っている。

それを体感するのだろう。 

 

2021年12月のイメージ。

 『エンドロールのそのあとに』

ちょっとしたエピローグがあるかもしれない、NG集が流れるかもしれない。

そんなオマケはないかもしれない。

隣の席の人は結末に不満があるかもしれない。

エンドロールの途中で席を立つかもしれない。

ハッピーエンドと捉えるか、バッドエンドと捉えるか。

後味悪いか、良い余韻か。

そうではなくて。

エンドロールのあとに、終わらないのだとしたら。 

 ずーっと続くとしたら。

あなたはどうしますか、と問われる。

席を立つ瞬間が来るかもしれない。

見る側じゃなくなるかもしれない。

居心地の良い場所ではないと思うかもしれない。

撮る側になるかもしれない。

掃除をする人かもしれない。

チケットを売る人になるかもしれない。

どのポジションになるかをずーっと問われ続ける。

 

けれど、確実にエンドロールが一度流れる。

そういう風に捉えてみてもいいかもしれない、と私は思う。

 

 

以上、2021年の話でした。

予言とかじゃなくて、感覚やイメージです。

楽しんでいただけたら幸いです。